
通う者も廃れて久しい隠遁所への道は、人々の記憶からも消えて久しい。
有難いことに、宿の主人がそのうちの1つを記憶していた。
メテオラに修道院群が建設されたのは、14世紀であると言われている。それまで東ローマ帝国で修道院活動の中心を担っていた聖山アトスが、セルビアに組み込まれたことにより、戦乱を避けようと多くの修道士がメテオラに住み着いた。とは言え、初期のメテオラでは修道院群が形成されることはなく、それぞれの修道士が単独で修行するスタイルが主流であった。
そして15世紀、最盛期を迎えたメテオラでは、メガロ・メテオロン修道院(メタモルフォシス修道院)を中心とした一大コミュニティが形成され、24もの修道院と無数の隠遁所が存在した。しかし現在、一般に公開されている修道院はわずか6ヶ所、人が住んでいる修道院となると、更に1つ減って5ヶ所しかない。隠遁所ともなると、そこへの道筋の大半は、村人からの記憶からも消えてしまっている。近年になって、ウォーキングマップが作成・販売され、大変便利になったが、隠遁所への道は「おおよそ」のものが記載されているだけであるし、また、道も半ば以上が自然に戻っている。